ある時、驢馬、獅子王に行あひ、「いかに獅子王、我山に來り給へ。威勢のほどを見せ參らせん」といふ。師子王おかしと思へども、さらぬ體にてともなひ行く。山のかたはらにおゐて、驢馬おびたゝしく走りめぐりければ、その音におそれて、狐狸ぞなどいふ物、こゝかしこより逃げ去りぬ。驢馬獅子王に申けるは、「あれ見給へや、獅子王。かほどめでたき威勢にて侍る」と誇りければ、師子王怒つて云、「奇怪なり、驢馬。我はこれ師子王也。汝らがごとく下臈の身として、尾篭を振舞ふ事狼藉なり」といましめられて、まかり退く。
その下輩の身として、人とあらそふ事なかれ。やゝもすれば、我身のほどをかへりみずして、人とあらそふ。果てには恥辱を受くるもの也。ゆるかせに思ふ事なかれ。
伊曾保物語中終