ある狩人、狼狩り行けるに、この狼有木蔭に隱れおれり。しかるを、はすとる見つけてけり。それによ(っ)て、この狼はすとるにむかつて申けるは、「我命を助け給へ」。ひたすら頼む。それははすとりやすくうけごふ。狼心やすくゐける所に、狩人きたつてはすとりに申けるは、「此邊に狼やきたる」と尋ねければ、はすとり目使いにてこれを教へける。かり人、その所をさとらず、はるか奧に行き過たり。その後、狼まかり出て、いづくとも知らず逃げ去りぬ。
ある時、此狼のはすとりに行きあひけり。はすとり申けるは、「わごぜはいつぞや助けける狼か」といへば、狼答云、「さればとよ、御邊のことはよかんなれど、御邊のまなこは拔き捨てたく侍る」とぞ申ける。
其ごとく、われも人も、外によき事をする顏なれ共、内心はなはだ惡道なれば、かのはすとりにことならず。すみやかに、内心の隔てをなす事なく、一心不亂に善事をすべし。