ある人、驢馬に荷を負せて行くに、此驢馬やゝもすれば行なづむ事有けり。この人、「奇怪なり」とて、いたく鞭を負せければ、驢馬申けるは、「かゝる憂き目にあはんよりは、しかじ、たゞ死なばや」とぞ申ける。かの人なをいたくいましめて追ひやるほどに、行つかれてつゐに命終りぬ。かの人心に思ふやう、「かゝる宿世つたなき物をば、その皮までも打ちいましめて」とて、太鼓に張りて枹をあてけり。
其ごとく、人の世にある事も、いさゝかの難艱なればとて、死なんと願ふべからず。なにしか命の終りを待たず、身を投げなんどする事は、至つて深き罪科たるべし。これを愼しめ。