ある時、狐餌食にもとめかね、こゝかしこをさまよう所に、庭鳥行きあひたり。得たりや賢しとこれを取りて■らはんとす。庭鳥此事をさとりて、ある木の枝に飛びあがりぬ。狐手を失ふてせんかたなさに、「所詮庭鳥をたぶらかしてこそ食はめ」と思ひて、かの木のもとに立ち寄つて、「いかに庭鳥、きこしめせ。このごろ、萬の鳥けだものの中なをりする事ありけり。御邊は知らせ給はぬか。久しく申承はらぬによ(っ)て、わざとこそ是まで參りて候へ」と、いと睦ましげに語ければ、庭鳥狐の武略をさとつて、「誠にかゝる折節に生れあひぬる事こそめでたふ候へ。よくあひたり。犬能やうに計らひ玉ふべし」といひて、さらにおりず。狐かさねて申けるは、「まづ此所にをりさせ給へ。ひそかに申べき事あり」と、しきりによべどもつゐにおりず。庭鳥用ありさうにあなたのかたをながめければ、狐下より見あげて、「御邊は何事を見給ふぞ」と申ければ、「さればとや、たゞ今御邊の物語し給ふ事を告げ知らせんとや思はれけん、犬二疋馳せきたられ候」と申ければ、狐あはてさはひで、「さらばまづそれがしは、御いとま申」とて去らんとす。庭鳥申けるは、「いかに狐、鳥けだものの中なをりしける折節、なに事かは候べき。そこに待ちて、犬と交はり給へ」と支へければ、狐かさねて申やう、「もしかの犬中なをる事知らずは、わがために惡しかりなん」とて逃げ去りぬ。
そのごとく、たとひ人我に仇をなすべき者とさとるとも、仇をもつてむかふべからず。かれが武略にてむかはば、我も武略をもつて退くべし。