ある時、かのしゝ河のほとりに出でて水を飮みける時、汝が角の影水に映(っ)て見えければ、此角のありさまを見て、「さてもわが戴きける角は、萬のけだものの中に、又ならぶ物あるべからず」と、かつは高慢の思ひをなせり。又、わが四つ足の影水底に映(っ)て、いとたよりなく細くして、しかも蹄二つに割れたり。又しゝ心に思ふやう、「角はめでたふ侍れど、わが四つの足はうとましげなり」と思ひぬる所に、心より人の聲ほのかに聞え、其外犬の聲もしけり。是によ(っ)て、かのしゝ山中に逃げ入、あまりにあはてさはぐ程に、ある木のまたにをのれが角を引きかけて、下へぶらりとさがりにけり。拔かん+ とすれどもよしなし。しゝ心に思ふやう、「よしなきたゞ今のわが心や。いみじく誇りける角も我あとになつて、うとんじて、四つの肢こそ我助ける物を」と、ひとりごとして思ひ絶へぬ。
そのごとく、人もまた是に變らず。「いつきかしづきける物は仇となつて、うとんじ退けぬるものは我助けとなる物を」と後悔する事、これありける物なり。



