ある河のほとりを、馬に乘りて通る人ありけり。其かたはらに、龍といふもの、水に離れて迷惑するありけり。此龍今の人を見て申けるは、「われ今水に離れてせんかたなし。あはれみを垂れ給ひ、その馬に乘せて水ある所へ着けさせ給はば、その返報として金錢を奉らん」といふ。かの人誠と心得て、馬に乘せて水上へ送る。そこにて、「約束の金錢をくれよ」といへば、龍怒つて云、「なんの金錢をか參らすべき。我を馬に括り付けて痛め給ふだにあるに、金錢とは何事ぞ」といどみあらそふ所に、狐馳せ來(っ)て、「さても龍殿は、なに事をあらそひ玉ふぞ」といふに、龍右のおもむきをなんいひければ、狐申けるは、「われこの公事を決すべし。さきに括り付けたるやうは、なにとかしつるぞ」といふに、龍申けるは、「かくのごとし」とて、又馬に乘るほどに、孤人に申けるは、「いか程か締め付らるぞ」といふ程に、「これ程」とて締めければ、龍の云、「いまだそのくらいなし。したたかに締められける」といへば、「これ程か」とて、いやましに締め付けて、人に申けるは、「かゝる無理無法なるいたづら者をば、もとの所へやれ」とておつ立たり。人げにもとよろこびて、本の畠におろせり。其時、龍いくたび悔やめども、甲斐なくしてうせにけり。
そのごとく、人の恩をかうむりて、その恩を報ぜんのみ、かへつて人に仇をなせば、天罸たちまちあたるものなり。これをさとれ。