さるほどに、いのしゝ、子共あまた竝み居ける中に、ことにちいさきいのしし、我慢おこして、「總の司となるべし」と思ひて、齒を食ひしばり、目を怒らし、尾を振つてとびめぐれども、傍輩ら一向是を用いず。かのいのしゝ氣を碎ひて、「所詮かやうのやつばらに與せんよりは、他人に敬はればや」と思ひて、羊どもの竝み居たる中に行て、前のごとく振舞ひければ、羊勢におそれて逃げ隱れぬ。さてこそ此いのしゝ本座を達して居ける所に、狼一疋馳せ來りけり。「あはや」とは思へ共、「われはこれ主なれば、かれもさだめてをそれなん」とて、さらぬ體にてゐける所を、狼とびかゝり、耳をくわへて山中に到りぬ。羊もつて合力せず。おめき叫び行くほどに、かのいのしゝ傍輩、この聲を聞きつけて、つゐに取り篭め助けにけり。その時こそ、「無益の謀叛しつる物かな」と、もとのいのしゝらに降參しける。
そのごとく、人の世にある事も、よしなき慢氣をおこして、人を從へたく思はば、かへつてわざはひを招くものなり。つゐにはもとのしたしみならでは、眞の助けになるべからず。