ある時、能馬、能皆具おゐて、その主を乘せて通りける。かたはらに驢馬一疋行あひたり。かの馬怒つて云、「驢馬、なにとて禮拜せぬぞ。汝を踏み殺さんもいとやすき事なれども、汝らがごときの物は、從へても事の數にならぬは」とて、そこを過ぬ。
其後、何とかしたりけん、かの馬二つの足を踏み折つて、なにの用にも立ぬやうもなし。これによ(っ)て、土民の手に渡り侍りき。いやしきしづの屋に使ひける習ひ、糞土を負せて牽きありきぬ。その馬のさまも、痩せおとろへ、あるかなきかの姿になり侍りぬ。
ある時、この馬糞土を背負ふて通りけるに、件の驢馬行あひけり。かの驢馬つく\〃/と此馬を見て、「さても+ 御邊は、いつぞやわれらをのゝしり給ふ廣言の馬にてわたらせ給はずや。なにとしてかはかゝるあさましき姿となつて、かほどいやしき糞土をば負い給ふぞ。我いやしく住みなれ候へども、いまだかかる糞土をば負はず。いつぞやのよき皆具共は、いづくにをかせ給ふぞ」と恥ぢしめければ、返事もなふて逃げ去りぬ。
そのごとく、人の世にあつて、高き位に有といふ共、下臈の者をあなづる事なかれ。有爲無常の習ひ、けふは人の上、あすは我身の上と知るべし。一旦の榮華に誇つて、人をあやしむる事なかれ。