伊曾保物語 (中) - 29 鼬の事

 ある時、鼬鼠のわなにかゝる事ありけり。その主是を見つけて、たちまち殺さんとす。鼬支へて申けるは、「いかに主人聞召せ。われを殺し給ふべきことはりなし。その故は、御内に徘徊する鼠といふいたづら物をばほろぼし候。その上、いささか御障りともなる事候はず」と申ければ、主答云)、「なにをもつてか助くべき道理とせんや。鼠をほろぼすといふも、我潤色にあらず、汝が餌食とせんためなり。いはれなし」とてうち殺しぬ。
 其ごとく、我難儀出來するとて、あはててことばをいふべからず。初め終りを思案すべし。命を失はんのみならず、後日のあざけり口おししとなり。