ある時、師子王前後も知らず臥しまどろみける所に、鼠あまたさしつどい、あそびたはぶれける程に、臥たる獅子王の上に鼠一つとびあがりぬ。其時、獅子王めさめをどろき、この鼠を取りて提げ、すでにうち碎かんとしけるが、獅子王心に思やう、「これほどの者共を失ひければとて、いかほどの事あるべきや」といひて、助け侍りき。鼠命を拾い、「さらに我ら巧みける事に侍らず。あまりにあそびたはぶれける程に、まことのけがにて侍れ」と、かの獅子王を禮拜して去りぬ。
其後、獅子王有所にてわなにかゝり、すでに難儀におよびける時、鼠此由を聞きて、急ぎ師子王前に馳せ參じ、「いかに師子王、きこしめせ。いつぞやわれらを助け給ふその御恩に、今又助け侍らん」とて、かのわなの端々を食ゐ切り、獅子王を救ひてけり。
そのごとくに、あやしの物なりとて、したしくなつけ侍らんに、いかでかその徳を得ざらん。たゞ威勢あればとて、凡下の者をいやしむべからず。