ある人、ゑのこをいといたはりけるにや、その主人外より歸りける時、かのえのこその膝にのぼり、胸に手をあげ、口のほとりを舐り廻る。これによつて、主人愛する事いやましなり。馬ほのかに此由を見て、うら山しくや思ひけん、「あつぱれ我もかやうにこそし侍らめ」と思ひさだめて、ある時、主人外より歸りける時、馬主人の胸にとびかゝり、顏を舐り、尾を振りてなどしければ、主人是を見てはなはだ怒りをなし、棒をおほ取(っ)て、もとの厩におし入ける。
そのごとく、人の親疎をわきまへず、わがかたより馳走顏こそはなはだもつておかしき事なれ。我程々に從つて、其挨拶をなすべき也。