伊曾保物語 (中) - 21 烏と狐の事

 ある時、狐餌食をもとめかねて、こゝかしこさまよふ所に、烏肉をくわへて木の上におれり。狐心に思ふやう、われ此肉を取らまほしくおぼえて、烏の居ける木のもとに立寄り、「いかに御邊、御身は萬の鳥の中にすぐれてうつくしく見えさせおはします。しかりといへども、すこし事足り給はぬ事とては、御聲の鼻聲にこそ侍れ。たゞし、この程世上に申しは、「御聲もことの外によくわたらせ給ふ」など申てこそ候へ。あはれ一節聞かまほしうこそ侍れ」と申ければ、烏此儀を誠と心得て、「ものことに、さらば聲をいださん」とて口をはたけけるひまに、終に肉をおとしぬ。狐是を取つて逃げ去ぬ。
 そのごとく、人いかに讚むるといふとも、いさゝか眞と思ふべからず。もしこの事をすこしも信ぜば、慢氣出來せん事疑ひなし。人の讚めん時は、謹(つ)しんでなを謙るべし。