有時、鶴と孔雀と淳熟してあそびけるに、孔雀わが身を讚めて申けるは、「世中にわがつばさに似たるはあらじ。繪に書くともおよびがたし。光は玉にもまさりつべし」などと誇りければ、鶴答云、「御邊の自慢、もつともそきせぬ事にて候。空を翔ける物の中に、御邊にならびて果報めでたきものは候まじ。但、御身に缺けたる事二つ候。一つには、御足本きたなげなるは、錦を着て足に泥を付けたるがごとし。二つには、鳥といつぱ、高く飛ぶをもつて其徳とす。御邊は飛ぶといへども、遠く行かず。是を思へば、つばさは鳥かして、その身はけだものにてあん成ぞ。すこしき徳に誇つて、大なる損をばわきまへずや」とぞ恥を示しける。それよりして、孔雀、わづかに飛びあがるといへども、此事を思ふ時は、つばさ弱りて勢なし。
そのごとく、人としてわが譽をさゝぐる時は、人の憎みをかうむりて、果てにはあやまりをいひ出さるゝ物なりけれ。我慢の人たりといへども、道理をもつてその身を諌めば、用いず顏をするといふ共、心にはげにもと思ひて、いささかも謙る心有べし。