伊曾保物語 (下) - 21 人を嫉むは身を嫉むと云事

 ある御門、二人の人を召出し給ふ事ありけり。一人は欲心深き物なり。いま一人は、人を嫉む心深き者なり。御門二人の物に仰けるは、「汝ら、我らにいかなる事をも望み申せ。後に望まん物は、前の望みに、一倍をあたへん」との給へば、欲心なる者は、「なに事にてもあれ、一倍取らん」と思ふによ(っ)て、初めに請ひ奉らず。今一人の者は、なに事にてもあれ、人を猜む者なるによ(っ)て、「我にまさりてかれに取らせんも嫉まし」とや思ひけん、是も初に請い奉らず。我さきせよ、人さきにせよといどみあらそふほどに、時刻移りければ、「とくとく」と輪言ならせ給ふ程に、かの侫人思ふやう、「こゝなるやつめが、あまりに欲心深き事の嫉ましければ、かれに仇を望まん」とて、進み出でて申けるは、「しからば、わが片方のまなこを拔きたく侍る」と奏しければ、「やすき所望」とて片目を拔かれ、そのごとく、侫人と云者は、人の榮ふる事を見ては、悲しむ顏にて、内心にはよろこぶものなり。されぱ、かの物、おれが片目を拔かるゝといへども、かれが兩眼を拔かんがため、まづ苦しみを堪忍せんとするにや。此侫人を上覽あつて、御門これをあはれみ給ひ、今一人はつゝがもなくてぞまかり歸る。人に押し懸けんと思ふは、まづわが身の苦しみと見えたり。「血を含みて人に噴けば、まづその口けがるゝ」とこそ申傅へけれ。