伊曾保物語 (上) - 18 伊曾保養子をさだむる事

 さるほどに、いそほいみじく榮へけれ共、年たけ齡おとろゆるに至るまで實子なし。さるによつて、えうぬすといふさぶらひを養ひて、わが跡を繼がせん。
 ある時、えうぬす大きなる罪科ありけり。心に思ふやう、「此事いそ保知らるゝならば、たちまち國王へ奏聞して、いかなる流罪にかおこなはれん」と思、「詮ずる所、たゞ伊そ保を失はばや」と思ふ心出來て、謀書を調へ、「我親いそ保こそりくうるすの帝王に心を合はせ、すでに敵とまかりなり候」と奏しけれ共、御門敢へて信じ給はず。かるがゆへに、えうぬす二たび謀書を作りて、叡覽に備ふ。御門此由御覽あつて、「さては疑ふ所なし。急ぎ誅せん」とて、ゑりみほといふ臣下に仰せて、いそほを誅すべき由綸言ある。
 ゑりみほ勅定の旨を承て、いそほの館へ押し寄せ、則い曾保を搦め取つて、すでに誅せんとしたりけるが、よく\/心に思やう、「世に隱れなき才仁を失はんも心憂し。たとひわが命は捨つるとも、助けばや」と思ひ、かたはらに古き棺槨ありけるにいそほをおし入て、わが宿に歸り、身をきよめ、急ぎ内裏へ馳せ參(っ)て、「い曾ほこそ誅つかまつりて候」と申上ければ、御門もいとゞ御涙に咽ばせ給ひ、惜しませ給ふも御ことはりとぞ見えける。