伊曾保物語 (下) - 18 男二女を持つ事

 有男、二人妻を持ちけり。ひとりは年たけて、一人は若し。ある時、此男、老たる女のもとに行時、その女申けるは、「我年たけ齡おとろへて、若男に語らふなどと人のあざけるべきも恥づかしければ、御邊の鬢鬚の黒きを拔きて、しらがばかりを殘すべし」といひて、たちまち鬢鬚の黒を拔ひて、白きを殘せり。この男、「あなう」と思へど、恩愛にほだされて、痛きをもかへりみず拔かれにけり。
 又、ある時、若き女のもとに行けるに、此女申けるは、「われさかんなる者の身として、御邊のやうに白髮とならせ給ふ人を妻と語らひけるに、「世に男の誰もなきか」なんどと人の笑はんも恥づかしければ、御邊の鬢鬚の白きをみな拔かん」と云て、これをこと\〃/く拔き捨つる。されば、この男、あなたに候へば拔かれ、こなたにては拔かれて、あげくには、鬢鬚なふてぞゐたりける。
 そのごとく、君子たらん者、故なき淫亂にけがれなば、たちまちかゝる恥を受けべし。しかのみならず、二人の機嫌を計らうは、苦しみつねに深き物なり。かるがゆへにことわざに云、「ふたりの君に仕へがたし」とや。