ある時、鼠老若男女相集まりて僉議しけるは、「いつもかの猫といふいたづら者にほろぼさるゝ時、千たび悔やめども、その益なし。かの猫、聲をたつるか、しからずは足音高くなどせば、かねて用心すべけれども、ひそかに近づきたる程に、由斷して取らるゝのみなり。いかゞはせん」といひければ、故老の鼠進み出でて申けるは、「詮ずる所、猫の首に鈴を付てをき侍らば、やすく知なん」といふ。皆々、「もつとも」と同心しける。「然らば、このうちより誰出てか、猫の首に鈴を付け給はんや」といふに、上臈鼠より下鼠に至るまで、「我付けん」と云者なし。是によ(っ)て、そのたびの議定事終らで退散しぬ。
其ごとく、人のけなげだてをいふも、只疊の上の廣言也。戰場にむかへば、つねに兵といふ物も震ひわなゝくとぞ見えける。しからずは、なんぞすみやかに敵國をほろぼさざる。腰拔けのゐばからひ、たゝみ大鼓に手拍子とも、これらの事をや申侍べき。