伊曾保物語 (下) - 13 師子王と驢馬の事

 有驢馬病しける所に、獅子王來てその脈を取りこゝろむ。驢馬これをおそるる事かぎりなし。師子王懇のあまりに、その身をあそここゝを撫で廻して、「いづくか痛きぞ」と問へば、驢馬謹(つ)しんで云獅子王の御手の當り候所は、今までかゆき所も痛く候」と、震い+ ぞ申ける。
 そのごとく、人の思はくをも知らず、懇だてこそうたてけれ。大切をつくすといふとも、つねに馴れたる人の事なり。知らぬ人にあまりに禮をするも、かへつて狼藉とぞ見えける。