伊曾保物語 (上) - 10 りいひやより勅使の事

 去程に、いそほが申せしごとく、りいひやの國王けれそと申御門より、さんに勅使を立て給はく、「その所より年ごとに御調物を奉るべし。しからずは、武士に仰て攻めほろぼさせ給ふべし」との勅定なり。これによつて、地下の年寄以下評定し給ひけるは、「その攻めをかうむらんよりは、しかじ、御調物を奉るべし」となり。「去ながら、いそ保に尋ねよ」とて、この由を語ければ、いそほ申けるは、「それ人の習ひ、其身を自由にをかんも、人に從はんも、ただその望みにまかするものなり」と云ければ、げにもとて勅定を背かす。勅使歸つてこの由を奏聞す。御門そのゆへを問はせ給ふに、勅使申けるは、「かの所にいそほといふ者あり。才智世にすぐれ、思案人に超えたる者にて候。此所を從へ候はんにおゐては、まづ此者を召しをかるべし」と申ければ、もつともと叡感あつて、さだめてさんに勅使を下さる。「御調物をばゆるし給ふべし。伊曾保を御門へ參らせよ」との勅定なり。地下の人々訴訟していはく、「さらば、いそほを參らせん」となり。
 い曾保この由を聞きて、たとへをもつていひけるは、「昔狼一つの羊を服せんとす。羊この由をさとつて、あまたの犬を引き語らふ。これに、狼、羊を犯す事なし。狼のはかり事に、「今よりして犬を犯す事あるべからず。犬をわれにあたへよ」と云。羊、「さらば」とて犬を狼につかはす。狼先此犬をほろぼして後、終に羊を食いてけり。その國の王をほろぼさむとては、まづ忠臣を招くものなり」といひて、つゐに勅使に具せられてりいひやの國に到りぬ。