有はすとる、羊の警固に犬を持ちけれど、餌食をすなほにあたへざれば、痩せをとろへてぞありける。狼この由を見て、「御邊はなにとて痩せ給ふぞ。我に羊を一疋たべ。かの羊を盜み取りて逃げん時、跡よりおつかけ、まろび給へ。この事見給ふならば、御邊に餌食を給べし」といへば、げにもと同心す。案のごとく、狼羊をくわへて逃げ去時、犬あとよりおつかけ、まろびたはれて歸りけり。はすとる怒つて云、「何とて羊を取られけるぞ」といひければ、犬答云、「われ此程餌食なくして、さん\〃/に疲勞つかまつりて候。そのゆへに羊を取られて候」といへば、「げにも」とて、それよりして餌食をあたへぬ。
又狼來て、「わが謀いさゝかたがふべからず。今一疋羊を給れ。このたびもおつかけ給へ。われにいささか疵を付させ給へ。しかれども、深手ばし負せ給ふな」と堅く契約して、羊をくわへて逃ぐる所を、つとおつかけ、かの狼をすこし食い破りて歸りぬ。主人是を見て、快しとて、彌餌食をあたへてすくやかにす。
又狼來て、いま一つ所望す。犬申けるは、「このほど主人より飽くまで餌食をあたへられ、五體もすくやかになり候へば、えこそ參らすまじき」と云放しければ、「なにをがな」と望みけるほどに、犬教へて云、「わが主人の篭にさま\〃/の餌食有。行きて用い」と云ければ、「さらば」とて篭に行、まづ酒壷を見て、思ひのまゝにこれを飮む。飮み醉て後、こゝかしこたゝずみありく程に、はすとりの歌ふを聞きて、「かれきたなげなる者さへ歌ふに、我又歌はであらんや」とて、大聲あげておめくほどに、里人聞きつけて、「あはや、狼のきたるは」とて、弓胡●にて馳せ集まる。是によ(っ)て、狼終にほろぼされぬ。
其ごとく、召し使ふ者に扶持を加へざれば、その主の物を費やすと見えたり。