ある時、しやんと山野に逍遥して、いそほを召つれ給ふ。こゝに農人しやんとに尋ねて申。「それ天地の間に生ずる所の草木を見るに、たゞ雨露のめぐみをもつて生長する事なし。此いはれいかに」と問ふ。しやんと答云、「たゞ是天道のめぐみなり」との給ふ。その時、いそほあざ笑つていはく、「さやうの御答へは、あまりをろかに候」と申ければ、「さらば」とてしやむと立ち返り、かの農人に告げ給はく、「先に答うる所、その理にあたらず。我召し具し侍る物に答へさすべし」と仰ければ、農人かのいそほが姿を見て、「仰にては候へ共、かゝるあやしの者の、いかほどの事をか答候べき」と申ければ、いそほ聞きて、「いかゞ、汝が云所道理に漏れたり。答うる所外れずは、なんぞ姿の見にくきによらんや。されば、さきに問所はなはだもつてわきまへやすし。汝繼子と實子を知るやいなや。それ人間の習として、實子をばこれを愛し、繼子をば是をうとんず。そのごとく、四大の中に生ずる、四大がために實子なり。人のたがやす田畠は、四大がために繼子なり。人の繼子と實子をもつて、四大が親疎をわきまふなり」。