ある時、しやんとのもとへ柿をおくる人ありけり。かの所從ら、此柿を食いつくして、伊曾保が臥したりける懷に一つ二つをし入て、かれになん負せける。やゝあつて後、しやむとかの柿を請ひいださる。をの\/「知らず」と答。しやむと、あやしみ尋ねければ、をの\/一口に申けるは、「その柿をばいそほこそ知り侍らめ」といふ。「さらば」とて、いそ保を召しいだし、尋ね給ふに、案のごとく懷に柿あり。「あはや」とこれを糺明するに、いそ保申けるは、「罪科遁れがたく候。しかりとも、それがし申さん事を傍輩らにも仰つけさせ給へかし」と申されければ、しやんとかれが望みをとげさせ給ふ。そのはかり事といつぱ、「をの\/傍輩らを御前に召しいだされ、酒をくだされて侍るならば、吐却をせん事あるべし。その柿を吐却したらん者を、それがしによらず、其科たるべし」と申。しやむとげにもと思ひて、其はかり事をなし給ふに、たな心をさすがごとく、すこしもたがはず、かの柿をぬすみ食ひたる物ども、一度に吐却す。さるによりて、いそほは科なく、傍輩どもは罪をかうむりける。伊曾ほが當座の機轉奇特とぞ、人々感じ給ひける。