ある時、しやんと客來のみぎり、いそほに仰て、「汝世中に珍しき物をもとめきたれ」とありければ、いそほけだ物の舌をのみ調侍りける。しやんとこれを見て、「世間の珍しき物にけだものの舌をもとむる事なに事ぞ」と仰ければ、いそほ答云、「夫世中)のありさまを見るに、舌三寸のさえづりをもつて、現世は安穩にして、後生善所に到り候も、みな舌頭のわざなり。されば、諸肉の中におゐて、舌は一の珍しき物にあらずや」と申。
又ある時、「世間大一の惡物をもとめきたれ」とありければ、伊曾保又けだものの舌を調ふ。しやんとこれを見て、「これは世間大一珍しき物にてこそあれ、惡しき物とはなに事ぞ」と有ければ、伊曾保答云、「しばらく世間の惡事を案じ候に、是禍門也。三寸の舌のさえづりをもつて、五尺の身を損じ候も、みな舌ゆへのしわざにて候はずや」と申に、しやんとこの事領掌して、二つの返事を貴み給ふなり。