伊曾保物語 (下) - 24 修行者の事

 ある修行者、行き暮れて、わづかなるあやしのしづの屋に、一夜宿を借りける。主じ情深き者にて、結縁にとて貸しける。ころは冬ざれの霜夜なれば、手足こゞへてかゞまりければ、わが息を吹かけてあたゝめけり。やゝあつて後、熱き飯を食ふとて、息をもつて吹きさましければ、主じ此由を見て、「あやしき法師のしわざかな。つめたき物をば熱き息をいだしてあたゝめ、熱き物はひやゝかなる息出してさまし侍るぞや。いかさまにもたゞ人のしわざとも見えず。天魔の現じきたれるや」とをろかにおそれて、曉がたにおよびて追ひ出しぬ。
 そのごとく、至つて、心つたなき物は、わが身に具足したることをだにもわきまへず、やゝもすれば惑ひがちなり。これほどの事をだにわきまへぬやからは、能事を見てはかへつて惡しゝとや思ふべき。かねてこれを心得よ。これは、うち聞けば、をろかなるやうなれども、人の世にあつて、道に迷へる事、かの主じが、人の息の熱きとぬるきと、わきまへかねたるにことならざるものなり。