ある井のそばに、童子一人)ゐたりしが、あなたこなたをながめける間に、盜人一人走り來て、このわらんべを見て心に思ふやう、「あなうれし。この者の衣裳を剥ぎ取らばや」と思ひて近付侍る程に、盜人の惡念をさとつて、いと悲しき氣色をあらはして、泣く\/ゐたりしが、盜人是を見て、何事共知らず、よのつねの悲しびにはあらず、いとふ敷覺えて、さし寄りて、「いかなる事を悲しむ」といへば、わらんべ云やう、「誠には、なにをか祕し申さん、心に憂き事あり。たゞ今黄金の釣瓶をもつて水を汲まんとする所に、俄に繩が切れて、井どにおち入ぬ。千たび尋ねもとむれどもせんかたなし。いかにしてか主人の前にて申べきや」と云ければ、盜人是を聞きて、おもてにはあはれに悲しきふりをあらはして、慰めて云、「いとやすき事哉。我底へ入て引き上ぐべければ、汝いたく歎くべからず」。わらんべこれを聞きて、うれしくて涙を拭ひて頼みにけり。
その時、盜人、着る物を脱ぎておき、井どの中におりて、こゝかしこ見尋ぬるひまに、わらんべこの着る物を取つて、いづちともなく逃げ去りぬ。盜人、やゝ久しく釣瓶を尋けれ共、これにあはず。かゝるほどに上にあがりしかば、おきたる着る物もわらんべもうせて見え侍らず。その時、われとわが身に怒つて、ひとりごとをいふやう、「誠に道理の上よりこれを天道計らひ給ふ。其故は、人の物を盜まんとする者は、かへつて盜まるゝ物なり」といひて、あかはだかにて歸りにけり。
そのごとく、我人も前後始終を糺さずして、みだりに人をたばからんとせざれ。たとひ相手にいやしき者なりとも、理を枉げんとせば、その悔ゐ有べし。なに事も、致さぬさきに、まづきたるべき損得を考ゆべき事、もつとも道理にかなふべし。



