伊曾保物語 (中) - 09 伊曾保臨終におゐて鼠蛙のたとへをいひて終る事

 去程に、いそ保りくうるす帝王にも御いとまをたまはつて、諸國修行とぞ心ざしける。こゝにけれしやの國に到り、諸人によき道を教へければ、人々貴みあへり。又その國のかたはら、てるほすといふ島に渡つて、我道を教けるに、その所の心惡に極まり、一向これを用いず。いそほ力およばず、歸らんとする時に、人々評儀して云、「此者を外國へ歸すならば、この島のありさまを謗りなんず。かれが荷物に黄金を入れ、道にておつかけ、盜賊人と號し、失はばや」とぞ申ける。
 評定してその日にもなりしかば、道にておつかけ、黄金をさがし、盜賊人と號して、すでに篭者せしむ。やうやく命もあやうく見えしかば、「終り近づきぬ」とや思ひけん、末胡に云をく事有けり。「されば、古鳥けだ物のたぐひ交はりをなしける時、鼠蛙)を請じて、いつきかしづきもてなす事極まりなし。その後、又蛙鼠を請待す。其きたるに臨んで、蛙迎ひに出、蛙鼠にむかつて云やう、「我もとは此邊なり。さだめて安内知らせ給ふまじとおぼえ候ほどに、御迎ひにまかり出侍る」と申ければ、鼠かしこまつてよろこび、その時、蛙細き繩を取り出して、「導き奉らん」とて鼠の足にこれを結いつけたり。かくてたがひに河のほとりに歩み寄つて、つゐに水の中へ入。鼠あはてさはいで蛙に申けるは、「情なし御邊をばさま\〃/にもてなし侍けるに、われををばかゝる憂き目にあはせ給ふや」とつぶやきける所に、鳶此由を見て、「いみじき餌食かな」と二つながら掴み、つゐに衣食となしてけり。其ごとく、今伊曾保は鼠のやうにて、御邊たちによき道を教へ侍らんとすれど、御邊たちは蛙のごとくに我をいましめ給ふなり。しかりといへども、鳶となるはひらうにやのえしつとの國王より、さだめて島を攻めらるべし。と申けれぱ、聞きもあへず、傍若無人のやつばらが、天下無雙の才人を峨々たる山の巖より取つて下に押しをとす。其時いそほ果てにけるとかや。案のごとく、西國の帝王より武士に仰てかの島を攻められける。それよりして、かのいそほが物語を世に傅へ侍也。