ある時、うへ木に鳩巣をくふことありけり。しかるを、狐その下にあつて、鳩に申けるは、「御邊は何とてあぶなき所に子を育て給ふや。この所におかせ給へかし。雨風の障りもなし、穴にこそおくべきけれ」と云ければ、をろかなる者にて、誠かと心得て、その子を陸地に産みけり。しかるを、狐すみやかに餌食になしぬ。其時、かの鳩をどろひて、木の上に巣をかけけり。然るを、隣の鳩教へけるは、「さても御邊はつたなき人なり。今より以後、狐さやうに申さば、「汝この所へあがれ。あがる事かなはずは、まつたくわが子を果たすべからず」とのたまへ」といへば、「げにも」とていひければ、狐申けるは、「今よりして、御邊の上にさはがする事あるまじ。但、頼み申べき事あり。その異見をば、いづれの人より受けさせ給ふぞ」と申ければ、鳩つたなふして、しかじかの鳥と答ふ。
ある時、かの鳩に教へける鳥、下におりて餌食を食みける所に、狐近づきて云、「そも\/御邊、世にならびなきめでたき鳥なり。尋申たき事有。其故は、塒に宿り給ふ前後左右より烈しき風吹時は、いづくにおもてを穩させ給ふや」と申ければ、鳥答云、「左より風吹く時は、右のつばさにかへりをさし、右より風吹く時は、左のつばさにかへりをさし候。前より風吹く時は、うしろにかへりをさし候。うしろより風吹く時は、前にかへりをさし候」と申。狐申けるは、「あつぱれその事自由にし給ふにおゐては、誠に鳥の中の王たるべし。たゞし、虚言や」と申ければ、かの鳥、「さらばしわざを見せん」とて、左右に頚をめぐらし、うしろをきつと見る時に、狐走りかゝつて喰らい殺しぬ。
そのごとく、日々人に教化をなす程ならば、まづをのれが身をおさめよ。我身の事をばさしおきて、人の教化をせん事は、ゆめ\/あるべからず。