ある女猿、一度に二つ子を産みけり。されば、我胎内より同子を産みながら、一つをば深く愛し、一つをばをろそかにす。かの憎まれ子、いかんともせんかたなふて月日を送れり。わが愛する子をば前に抱き、憎む子をせなかにおけり。
ある時、うしろより猛き犬來る事あり。此猿あはてさはひで逃ぐるほどに、抱く子をかたわきに挾みて走るほどに、すみやかに行く事なし。しきりにかの犬近付ければ、まづ命を助からんと、片手にてわき挾みたる子を捨てて逃げ延びけり。かるがゆへに、つねに憎みて、せなかにおける憎まれ子は、つゝがもなく取り付ききたれり。かの寵愛せし子は、犬に食ひ殺されぬ。いくたび悔やめども甲斐なきによつて、つゐにかの憎みつる子をおほせたてて、前の子のごとくに寵愛せり。
そのごとく、人としても、今までした敷思ふ者にうとんじ、をろそかなる者に眤ぶも、たゞ此猿のたとへにことならず。是によ(っ)て是を思へば、かれはよし、これは惡しと品を擇ぶべからず。たれもひとしく思ふならば、人又われを思ふべき事疑ひなし。