伊曾保物語 (中) - 14 師子王・羊・牛・野牛の事

 ある時、獅子王・羊・牛・野牛の四つ、山中をともなひ行くに、いのしゝに行あひ、則是を殺す。其四つの肢を分けて取らんとす。獅子王支へて申けるは、「われけだ物の王たり。その徳にまづ肢一つわれに得させよ。又、我力、威勢世にすぐれり。汝らにすぐれて驅けり廻つてこれを殺す。それによつて、肢一つ得させよ。今一つの相殘る肢をば、たれにてもあれ、手をかけたらん者は、わが敵たるべし」。これによつて、各々空しくまかり歸る。
 そのごとく、人はたゞわれに似たる者とともなふべし。我より上なる人とともなへば、いたづがはしき事のみあつて、その徳一つもなき物なり。