ある時、犬羊に行きあひていふやう、「汝に負せける一石の米をたゞ今返せ。しからずは汝を失はん」といふ。羊大きにをどろき、「御邊の米をば借り奉る事なし」と云。犬、「こゝに訴人あり」とて、狼ぞ烏ぞ鳶ぞといふものを相語らひ、奉行のもとへ行きて、この旨を申あらそふ。狼進み出でゝ、申けるは、「此羊よねを借りける事誠にて侍る」といふ。鳶又出でて申けるは、「我も其訴人にて候」と申。烏も又同前なり。これによつて、犬にその理を付けられたり。羊せんかたなさのあまりに、わが毛を削つてこれにあたふ。
そのごとく、善人と惡人とは、惡人のかたへは多く、善人の味方は少なし。それによつて、善人といへども、その理を枉げて斷らずといふ事ありけり。