ある時、しやんと酒に醉けるうちに、こゝかしこさまよふ所に、ある人しやんとを支へていはく、「御邊は大海の潮を飮みつくし給はんやいなや」と問へば、やすく領掌す。かの人かさねていはく、「もし飮み給はずは、なに事をかあたへ給ふべきや」といふ。しやむとのいはく、「もし飮み損ずるならば、わが一跡を御邊に奉らん」と契約す。「あないみじ。此事たがへ給ふな」と申ければ、「いさゝかたがふ事あるべからず」とて、わが家に歸り、前後を知らず醉ひ臥せり。
醒めて後、いそほ申けるは、「今まではこの家の御主にてわたらせ給ひけれど、あすからはいかゞならせ給ふべくや。その故は、さきに人と御契約なされしは、大海の潮を飮みつくし候べし。え飮み給はずは、わが一跡をあたへんとの給ひてあるぞ」と申ければ、しやんとおどろきさはぎ、「こは誠に侍るや。なにとしてあの潮を二口共飮み候べき。いかに+ 」とばかりなり。かくて有べきにもあらざられば、「此難を遁れまほしうこそ侍れ」と、いくたびか伊曾保を頼給ふ。いそほ申けるは、「我譜代の所御ゆるし給はば、はかり事を教へ奉るべき」と申。しやんと、「それこそやすき望みなれ。とく\/その計略を教へよ」と仰ければ、伊曾保答云、「明日海へ出給はん時、まづ其相手にの給べきは、「我今この大海を飮みつくすべし。しからば、一々に大海へ流れ入所の河を、こと\〃/く堰きとめ給へ」との給ふべし。しからば相手なにとか答候べきや。その時、御あらがひも理運を開かせ給ふべけれ」と申ければ、「げにも」とよろこび給へり。
すでにその日に臨みしかば、人々この由を傳へ聞きて、しやんとの果てを見んとて、海の邊に貴賎群集をなす。その時、しやんと高所に走りあがり、かの相手を招き寄せ、いそほの教へけるごとく仰ければ、相手一言の返答におよばず、あまつさへ、しやんとを師匠とあがめ奉りけり。