去程に、えしつとの國のさぶらひ共、鵜鷹逍遥を好む事はなはだし。國王是を諌め給へ共、勅命をもおそれずこれに長ず。御門いそほに仰けるは、「臣下殿上にまかり出でん時、此費へを語り候へかし」とありければ、かしこまつて承る。折節官人伺候のみぎり、申いだし給ふやうは、「我國に損人をなをす醫師あり。その養性といふは、器に泥を入れて、その病人をつけ浸す事日久し。ある病者やうやく十に九つなをりける時、外に出でんとすれども、これを制して、門外を出ず、その内を慰みありきける折節、あるさぶらひ馬上に鷹を据へ、十人に犬牽かせて通りけるを、かの住人走り出、馬の■に取り付き、支へて申けるやうは、「此乘り給ふ物はなに物ぞ」侍答云)、「是は馬といひて、人の歩みを助くるものなり」「手に据ゑさせ給ふはなに物ぞ」と問ふ。「これは鷹といひて、鳥を取る物なり」「跡に牽かせ給ふはなにものぞ」「これは犬とて、この鷹の鳥を取る時、下狩する物なり」といふ。住人安じて云、「其費へいくばくぞや」侍答云)、「毎年百貫あてなり」といふ。「その徳いかほどあるぞ」と問。侍答云)、「五貫三貫の間」といふ。住人笑つていはく、「御邊この所を早く過ぎさせ給へ。この内の醫者は狂人を治す人なり。もしこの醫者の聞かるゝならば、御邊を取つて泥の中へをし入らるべし。そのゆへは、百貫の損をして五三貫の徳ある事を好む人は、たゞ狂人にことならず」といふ。さぶらひげにもとや思ひけん、それよりして鵜鷹の逍遥をやめ侍りける」とぞ申ける。此物語を聞きける人々、げにもとや思はれけん、鵜鷹のの藝をやめけるとぞ。