ある翁、市に出て馬を賣らんと思ひ、親子つれてぞ出たりける。馬をさきに立てて、親子跡に苦しげに歩むほどに、道行人これを見て、「あなおかしの翁のしわざや。馬を持ちては乘らんがため也。馬をさきに立てて、主はあとに歩む事は、餓鬼の目に水の見えぬといふも此事にや」といひて通りければ、翁、げにもとや思ひけん、「若き者なれば、くたびれやする」とて、わが子を乘せて、我はあとにぞつきにける。
又人これを見て、「是なる人を見れば、さかん成物は馬に乘りて、翁はかちより行く」とて笑ければ、又子ををろして翁乘りぬ。又申けるは、「これなる人を見れば、親子と見えけるが、あとなる子はもつての外くたびれたるありさまなり。かゝるたくましき馬に乘りながら、親子一つに乘りもせで、くたびれけるはおかしさよ」といひければ、げにもとて、わが子を尻馬に乘せけり。
かくて行ほどに、馬やうやくくたびれければ、又人の申けるは、「是なる馬を見れば、ふたり乘りけるによ(っ)て、ことの外くたびれたり。乘りて行かんよりは、四つ足を一つに結ひ集め、二人して荷ふてこそよかんめれ」といひければ、げにもとて、親子して荷ふ。又人の申けるは、「重き馬を荷はんよりは、皮を剥ゐで輕々と持つて賣れかし」といへば、げにもとて、皮を剥がせて、肩にかけて行程に、道すがら蝿共取り付ゐて目口もあかず。市の人々是を笑ひければ、翁腹立て、皮を捨ててぞ歸りける。
其ごとく、一度かなたこなたと移る者は、翁がしわざにことならず。心輕き者は、つねにしづかなる事なしと見えたり。輕々しく人のことを信じて、みだりに移る事なかれ。但、よき道には、いくたびも移りてあやまりなし。事ごとによければとて、胡亂に見ゆる事なかれ。たしかに愼しめ。