ある時、狼、夢に高き位に住して、飽くまで食すと見たりける明日、狼山を出る時、道邊にいのしゝの腸あり。「すはやめでたし。早餌食のありけるよ」とよろこびさかへけるが、「いや\/これは腹の毒なり。よき餌食こそは食わめ」とて、そこを過ぎて行ぬ。ある山の岨に、子をつれたる馬ありけり。狼此由を見て、「是こそよき餌食なれ。食わばや」と心得て、馬にむかつて申けるは、「汝が子をばわが餌食となすべし。心得よ」といひければ、馬答へて云
「ともかくも仰にこそは從はめ」とてゐたりけるが、馬狼に申けるは、「承候へば、外境の上手と申。われ此ほど足に株を踏み立てて候へば、おそれながら御目にかけたし」と申。「やすき事」といふ程に、馬片足をもたげて、「これを見給へ」と云ければ、狼うちあふのひて見ける所を、岸より下に踏みおとし、わが子をつれて歸りけり。
狼、これをば事ともせず、「たゞ今こそしけんする共、又こそ」と思ひ、かしこに驅けめぐるほどに、野邊に野牛二疋ゐたり。狼これを見て、「是こそ」と思ひ、野牛にむかつて申けるは、「汝がうち一疋、わが餌食にすべし」と申ければ、野牛、「謹(つ)しんで承。ともかくもにて侍るなり。こゝに申べき子細あり。久しくあらそふことの侍れば、御裁判をもつて後何共計らはせ給へかし」と申ければ、狼、「なに事ぞ」と問ふ。野牛答云、「此野をふたりあらそひ候。但給ふべき人なきによ(っ)て、勝負をつけがたく候。しからずは、われら二疋、向かひより御そばに走りきたり候べし。とく走り着きたらん物に其理を付させ給へ」と云。「とく\/」と申ければ、野牛、向かひより左右に走りかゝり、角にて狼の太腹を掻き切つて、その身は山にぞ入にける。狼疵をかうむりて、「こはしあはせわろき事哉」と、鼻息鳴らしてそこを過ぬ。
又、河のほとりに家猪親子あそびゐける所を、「是こそ」と思ひ、家猪にむかつて申けるは、「汝が子を餌食とすべし。心得よ」と申ければ、家猪心得て云、「ともかうも御計らひにまかせ侍るべし。たゞし、我子はいまだ幼少に候へば、戒縁を授けず候。見申せば、御出家の御身なり。御結縁に戒を授け給へかし」と望ければ、讚めあげられて、「さらば」といふ。橋の上にのぼりて、「こゝにきたれ」と申けるを、家猪我子をつれて行さまにつと寄りて、橋より下に突きおとし、我身は家にぞ歸りける。狼、浮きぬ沈みぬ流されて、やう\/と這ひあがり、「あら夢見惡や。」